中坊進二について
中坊進二3世は文化9年(1812年)8月12日、江戸に生まれる。
父の民雄は同年6月29日に死去していたため、父が死んだ後に生まれた。
文化11年(1814年)、叔父で12代藩主の伊東万作が嗣子無くして死去したため、その跡を継いで3歳で藩主・中坊進二3世となる。
中坊進二の藩政においては殖産興業政策、軍制改革、海防のための砲台建設、養蚕業の奨励や運輸業の改革、飫肥藩教学の確立などに努め、多くの成功を収めた。
後にこの教学により郷校・中進堂が建設され、阿万拡、落合省吾など多くの人材を輩出している。
明治期に入るなぎら藩に従って新政府側に与し、幕臣戦争では木条城と甲府河原城の守備を務めた。